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野村茎一作曲工房 音楽コラム2

モダンクラシックの作曲家 野村茎一が音楽雑感を綴ります

気まぐれ雑記帳 2015-12-1(火) 理由を疑え

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 私が子どもの頃からガンの発症率は上昇を続けている。

 日本対がん協会が公開している資料(1947〜2013年)を見ると、1年間の人口10万人あたりのガンによる死者は右肩上がりに、ほぼ直線的に増加している。グラフからざっくりと読み取ると1947年は700人程度だったのが、2013年には300人に達しようとしている。

 ガンは1981年に日本人の死因の第1位となり、最近では総死亡の約3割を占めているということだ。さらに、罹患率となると日本人の2人に1人がガンを経験している。10年後は、この割合が更に上がっているかも知れない。

 さて、ガンの話になると、文字情報でもテレビなどのメディアでも「食生活の欧米化により・・」という枕詞(まくらことば)がつく。私が子供の頃からそうであったのだが、今でもそうだ。

 この言葉はガンの原因について単純明快に言っているように見える。もし、そうならば対策は簡単だ。国を挙げて食事の改善に取り組めば良いだけだ。おまけにガンの少なかった時代の食事内容は良く分かっている。

 ところが、一向にその動きはない(個々に取り組んでおられる方々は存在する)。

  これはおかしい。誰もが「食生活の欧米化なら仕方がない」と自らの命の重さより欧米化を支持しているのか、あるいは、そのような理由をまるで信じていはおらず、スルーしているかのどちらかだろう。

 ガン発症の理由は、現代人を取り巻く環境の全てに存在することだろう。環境中の化学物質は言うまでもなく、生活習慣や、身体的だけでなく心的ストレスまでがガンの原因として挙げられているくらいだ。

 しかし、ここでは、ガンの話をしたいのではない。理由がつく怖さについて問題提起したいのだ。

 たとえば大学に進学すれば就職に有利という理由は、もはや成り立たない時代になっている。問題は大学でどれだけ学力、思考力、実行力など、つまり人間力を身につけることができるか、という問題だ(これは大学を卒業してからもずっと続く)。業種によっては、大学へ進学せずに一刻もはやく技術を磨いたほうがよい場合も少なからずあることだろう。

 医学が進歩したから病気になっても病院に行けば良い、というのも変だ。生活習慣に由来する病は自ら防げる可能性が残されている。

 世の中には、やむを得ない病もあり、そういう場合にこそ医学に助けを求めたいものだ。

 私には、自分の行動に都合の良い理由を見つけては、そのとおりにしてきたような忸怩(じくじ)たる思いがある。

 王様であっても物理学には逆らえないのだから、私たちは事実に基づいて行動しなければ、結果は意に反して事実どおりになることは避けられない。    人生を振り返って「こんなはずではなかった」と感じることがあったら、意に反するその結果こそが、私たちの行動がまさに招いた事実そのものである可能性が高い(可能性から除外されるのは隕石直撃のような不可避な事故など)。

 さあ、若者たちよ(気持ちが若ければ、誰もが若者)。まさに今からスタートだ。